アメリカ留学の奨学金

5月 7th, 2017 by Taguchi No comments »

私によく聞かれる質問に金銭面の質問があります。私が留学したのは、最初が2001年から一年間、その次が2003年から二年間の計三年間です。その後に現在までアメリカで働いて12年間になりました。この12年間にアメリカの大学の学費の状況は非常に変わりました。まず一般的にアメリカの大学の学費がこの10年間で約二倍になったという事実です。これはアメリカ人と留学生、両者の学費が約二倍に上がったということです。生活費もインフレが年間2パーセントぐらいあがりましたから、留学にかかるお金はその分も上がったことになります。学費の上昇は激しい変化がありましたが、インフレは妥当な値だと思います。(日本では少子化の影響でインフレをするのに大変苦労していますが、世界的にみれば一般的なインフレの数値でしょう。)

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PWP (Peter Walker とWilliam Johnson)と埼玉けやきひろば

2月 12th, 2017 by Taguchi No comments »

米国造園協会ASLAの会議のセッションの一部を紹介します。英語の勉強も兼ねて、見てください。日本の埼玉けやき広場のコンペの舞台裏の話もでてきます。動画の34分頃に話しています。

緑の杜を、都市の中心にはめこんだとてもシンプルなアイデアです。

Shared Wisdom: Legacy, Practice, and Partnership from ASLA on Vimeo.

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ピーター・ウォーカー 豊田市美術館 見えない庭 

8月 15th, 2016 by Taguchi 2 comments »

「専門家が選ぶ建物が魅力的な美術館・ベスト10」
一位は豊島美術館、二位は豊田市美術館…。
電子版の日経新聞で読んだ記事にはこう載っていました。

私が15年前ほどに、豊田市美術館は訪れたことを思い出し、その記事に豊田市美術館は「庭園と一体、優美な景観」と書いてありました。

© 豊田市美術館

© 豊田市美術館


私がこの美術館に訪れた時、立地条件、建築、そしてランドスケープの調和のとれた美を感じたことを思い出します。当時、青春18切符で九州から東京にかけてランドスケープや建築を見て回っていた時に、米国で有名なピーター・ウォーカーの作品を見てみたいと思い、ここに訪れました。ここの美術館の素晴らしさは、七州城の城跡の高台に位置した立地条件です。昔の人は、やはり景観の素晴らしい位置を知っており、その場所にお城を建てたのでしょう。そして建築と庭、特に水景と建築の一体化した内と外の関係は、まさに美術館にはピッタリの空間です。茶室「童子苑」があり、昔が城跡であったことを忍ぶことができるのも、とても良いです。
PWP事務所における豊田市美術館のモデル

ピーター・ウォーカーPWP事務所における豊田市美術館のモデル


この建築は、のちにニューヨークの近代美術館を設計した谷口吉生氏、ランドスケープはニューヨークのグラウンドゼロのランドスケープを設計したピーター・ウォーカーと巨匠のコラボレーションになっていますので、ぜひ見に行くのもよいと思います。

さて、このことについて書いたのは、「見えない庭」というピーター・ウォーカーとメラニー・サイモの米国の近代ランドスケープの歴史の本を読んだからです。学生の頃は、この本のランドスケープの歴史に登場する人物に、あまりピンと来るものが無かったのですが、実務をしていろいろな分野や業界の方に関わると、このような近代史を振り返るのも良いものだと思いました。
ここには、セントラルパークのオルムステッドに始まり、ロバート・ブール・マルクス、ルイス・バラガン、イサム・ノグチのアートとランドスケープ、そしてトーマス・チャーチのモダン・ランドスケープへの流れを読み取ることができます。これらは、後にEDAW(現AECOM)の創始者の一人であるガレット・エクボの時代から、ランドスケープ計画の複雑化と近代化により、社会的に重要な役割を担うようになったようです。
エクボは環境のデザインを行う二つの戦略にはこう提示している。
「第一に、協同することを求める人間の基本的な本能を強化すること。それなくしては社会が存続できない。第二に、プランナーやデザイナーが彼らの努力の成果を認識させることである。成果とは、壮大な空間や美しく囲い込まれた場所でなく、その中にうちとけ、成長し、発展する人びとのことである。」(p.116)
きっと、社会の複雑な都市問題を解くには、コラボレーションの大切さが必要であることをエクボが気づいたのだと私は思いました。

この本には、私が好きなローレンス・ハルプリンから、ダン・カイリー、ヒデオ・ササキ、更には組織系事務所のSWAまでの歴史が書かれています。いくつか、私が気にいった部分を以下にメモ » Read more: ピーター・ウォーカー 豊田市美術館 見えない庭 

バッテリーパークシティー Battery Park City

7月 3rd, 2016 by Taguchi No comments »

ハドソン川を眺めながら、ニューヨーカーになった気分で都会の緑の中を歩く。マンハッタンの最南端に位置するバッテリーパークシティーは、まさにその場所です。

前回のニューヨークの都市計画長のアマンダ・バーテンのTED TALKで紹介されたバッテリーパークシティー(Battery Park City)について、今回は紹介しようと思います。バッテリーと言われると乾電池のバッテリーか?と思ってしまうのですが、この英語のバッテリーはもう一つの意味の砲台という意味です。もともと都市を守る砲台があった土地の場所にできた公園がバッテリーパークです。自由の女神へのフェリーが出るので知っている方がいるかもしれません。そして、その北西部の埋立地の上に出来た都市開発エリアがバッテリーパークシティーです。約37ヘクタールの中の約三分の一が公園などの緑地だというのが、ここの魅力です。

このバッテリーパークシティーを歩くと、様々な緑地、例えば、広々としたベンチと芝生、噴水とアウトドアカフェ、港のような水辺などを見つけることができます。そこでは、ニューヨーカーや旅行者たちの憩いの場になっているようです。この多くの部分のランドスープデザインを担当したのがローリー・オリン(Laurie Olin)とロバート・ハナ(Robert Hanna)の事務所Hanna/Olinです。そのオリン氏がこの公園について、いかの動画で紹介しています。

残念ながら、日本語字幕はないのですが、いろいろな緑地が見れることがYouTubeを通して分かると思います。オリン氏によると、1976年当時、計画の際に以下のようなことを考えたといっています。

いかにニューヨークらしさを表現するかするか?それは全く新しく斬新的なものではないが、永久持続的なもの。
開けた水のプロムナードを作り、その緑で街をつなげる。
ストリートファーニチャー、例えば街灯、ベンチ、レーリングといったディテールがニューヨークを象徴するものにし、この基本的な要素を骨組みとし基盤をつくること。新しいものは、この上に加えていけばよい。

オリン氏の代表作には、ブライアントパーク、コロンバスサークル、ワシントンDCのモニュメントパーク、ゲッティーセンター、ロンドンのカナリーワーフなどがあります。興味があるかたは、以下の本を参考にして下さい。きっと、ディテールまでこだわった緑地空間が楽しめると思います。

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街の宝物 それは、公共空間

6月 18th, 2016 by Taguchi No comments »

ニューヨーク市は、公共空間をどれだけ大事にしているのでしょうか?

ニューヨーク市の都市計画長を委任された凄腕のキャリアーウーマン、アマンダ・バーデン。彼女はリーダーシップを発揮しながら、マンハッタンの緑の骨格である公共空間を再生することにより、街を活性化しました。その彼女の苦労と決断力、住民に耳を傾けた日々の努力を、日本でも有名になっているのTED TALK動画で紹介します。英語が苦手な人も、日本語字幕がついていますので、ぜひご覧になってください。

彼女の役職は、日本でいえば東京都の都市計画長という位置であると理解してもらえると分かりやすいと思います。彼女は多くの住民に耳を傾け、人々が欲するものを見出し、時にはハイラインのような公共空間を保護することをサポートする決断をしました。都市計画長が女性というのも、米国らしいですね。米国は初めての女性大統領が当選する日も近いかもしれませんしね。

TED TALKのウェブサイトでは、バーデンが » Read more: 街の宝物 それは、公共空間

ランドスケープアーキテクチャーとの出会い-輿水肇先生の上原敬二賞ー

6月 12th, 2016 by Taguchi No comments »

「緑地学を英語で訳すと何というですか?」

大学二年生の始め、私が輿水肇先生に尋ねた初めての質問でした。

「田口君、緑地学とは英語ではLandscape Architectureと言うんだよ。」そう教えてくれたのは、当時明治大学で緑地工学の教授をしていらした輿水肇先生でした。私が留学したいことを伝えると、先生は緑地工学研究室のガラス棚のびっしり詰まった本の中から、大学受験の赤本に似たような英語の本を取り出して渡してくれました。その本にはLandscape Architectureを教える海外の大学名、学部名、専門の特徴などが書かれていました。そこで初めて私は、ランドスケープ・アーキテクチャーという言葉に触れたのでした。

これを機に私はランドスープアーキテクチャー学科への留学に向けて本格的に準備をしはじめました。大学三年生になると輿水先生の研究室のゼミに入り、半年後にはコロラド州立大学に留学して、ランドスケープアーキテクチャー、特に計画や設計と言ったものを勉強しました。

今月、嬉しいことに、とてもお世話になった輿水先生が日本造園学会の上原敬二賞を受賞されました。
http://www.jila-zouen.org/awards/uehara_award_winners
同時に受賞された、東京農業大学の進士五十八先生、日本大学の勝野武彦先生も有名な先生です。ランドスケープの業界の方はご存知の方も多いのではないでしょうか?

米国の大学に留学する際には、推薦状が三通ほど必要になります。私がコロラド州立大学、ルイジアナ州立大学院の留学の際には、輿水先生に推薦状を書いて頂きました。在学時に一年間留学していたので、実際に輿水先生のゼミにいた期間は短かったのですが、卒業後も先生には多くのことを教わりました。米国の屋上緑化会議Green Roofs for Healthy Cities(Cities Alive)に一緒に参加して、屋上緑化や緑化壁の製品、課題、展望について語りました。2014年には、シドニーのWorld Green Infrastructure Conference(世界屋上緑化会議)に行き、この会議を日本に誘致するお手伝いをさせて頂きました。2015年には、名古屋で世界屋上緑化会議の開催のお手伝いをさせて頂きました。

今回、輿水先生が受賞された賞の名前になっている「上原敬二」ですが、日本のランドスケープアーキテクチャーの始祖とでも言うべき方です。アメリカはセントラルパークを設計したフレデリック・ロー・オームステッドが始祖、日本では、明治神宮の森を設計した上原敬二が始祖だと私は個人的には思っています。

実は、セントラルパークを設計したのはフレデリック・ロー・オームステッド(Frederick Law Olmsted)とカルバート・ヴォー(Calvert Vaux)の二人なのですが、その後の貢献を含めるとオームステッドがランドスケープアーキテクチャーの始祖であると言うのが一般的です。オームステッドは、ボストンのThe Fensを含むエメラルドネックレス等の多くの公園、ナイアガラの滝公園、ヨセミテ国立公園、スタンフォード大学キャンパス、米国造園協会の設立者の一人になるなど、米国のランドスケープに大変貢献した人物です。

一方日本に視点を移してみますと、明治神宮の森を作る際には、公園の父と呼ばれる本多静六、その弟子の本郷高徳と上原敬二が関わっています。その後に残した文献の量、日本造園学会の設立、東京高等造園学校の設立などを踏まえ、その後の日本のランドスケープアーキテクチャーを考えると、日本のランドスケープの始祖は上原敬二だと私は思います。

明治神宮の森は、ランドスケープ計画の要素が含まれています。以下のNHKの動画をぜひ見てください。

明治神宮・不思議の森 by Tokiomate

上原敬二についての進士五十八先生と濱野周泰先生の論文が参考になります。
http://ci.nii.ac.jp/els/110004305654.pdf?id=ART0006477078&type=pdf&lang=en&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1465771203&cp= » Read more: ランドスケープアーキテクチャーとの出会い-輿水肇先生の上原敬二賞ー